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浦和地方裁判所 昭和52年(ワ)879号 判決

原告

梅津茂雄

右訴訟代理人

佐藤正昭

被告

井原通安

右訴訟代理人

渡辺武

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一明浩会は、昭和五一年七月二三日医療法に基づき設立され、埼玉県大宮市三橋一丁目一一七三番地において西大宮病院を開設する医療法人であつて、その社員は、原・被告のほか、名義上原告の妻の父五十嵐及び被告の父幸作の四名であり、以上四名の出資持分はいずれも一口でその出資額は各金三〇〇万円であること、原告(医師)及び被告(医師でない。)は、いずれも明浩会設立当初から、その理事の地位にあるが、被告は、この間の昭和五一年八月ころから昭和五二年一一月ころまで同法人の理事長に就任して西大宮病院の経営にあたつてきたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二ところで、明浩会は、右のとおり医療法により設立された医療法人であるが、医療法によれば医療法人は都道府県知事の認可を受けて設立され、設立後も知事の一定の監督を受け、剰余金の配当を禁じられている等民法上の法人に準ずる公益的性格を有するものの、社団法人である当該医療法人の社員が社員の地位ないし社員としての出資に基き法人に対して有する権利(出資持分)を他人に譲渡することも、医療法人の存立運営を害するものといえず、当該法人の定款に反しない限りこれを許さないものと解すべきいわれはない。〈証拠〉によれば明浩会の定款には「社員になろうとする者は総会の承認を得なければならない」旨、社員は退社した場合「その出資額に応じて」金銭の払戻を受け、法人が解散した場合「出資額に応じて」残余財産の分配を受けられるとか規定されていることが認められ、これに前示一のとおり社員はいずれも一口当り金三〇〇万円の出資を行つていることを合せ考えると、明浩会の社員としての出資持分の財産性を否定することはできず、新社員の加入を招来する社員以外への出資持分の譲渡が当然に許されるか否かはともかくとして、社員間における出資持分の譲渡(本件にあつては、被告が現に明浩会の社員である原告に対し、社員としての出資持分を譲渡するものである。)は、右法人の定款の趣旨にも反しないものというべきである。

そして、本件は原被告間の出資持分譲渡契約の成否をめぐる争いを前提に出資持分の帰属について確認を訴求するものであるところ、出資持分は右に述べた意味において財産権的性格をも有するから、それが自己に帰属することを主張する当事者間における確認の訴は適格性を否定されない(もとより、社員の出資持分に基く財産上の権利は当該法人に対するものであるので、その帰属については法人を含む合一確定がより望ましく、また、本件にあつては、被告・幸作の退社を招来する契約の成否の争いであつて、法人の組織上の地位と一体をなすが、その故をもつて、法人を当事者としない本件訴を不適法とみることはできない。)。

三そこで、原告が主張するとおり、昭和五二年三月九日原・被告間に被告及び幸作名義の出資持分の譲渡契約が成立したか否かについて検討する。

〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

1  昭和五一年当時、西大宮病院が通常の医療行為を実施していくためには、すくなくとも三名程度の常勤医師が必要であつたところ、同年一一月ごろから医師が相次いで退職していつたため、同病院では医師の補充が緊急な問題となつていた。そこで医師の採用につき被告から一任を受けた原告は同年一二月ごろ三名の医師を常勤医として採用することに成功したが、右三名の医師が、右病院に勤務するにあたつて医師ではない被告が明浩会の理事長ないしは理事として在職することに強い不満を示したこともあつて、原告は被告に対し、昭和五二年二月ごろから再三再四明浩会を退社するように強く説得するようになつた。しかし、被告は、当初、原告の右説得を受け入れようとしなかつたので両者の間には確執が生じるようになつた。

2  被告の退社問題が表面化した昭和五二年二月当時、被告の父幸作は明浩会の債権者である足利銀行、富士火災海上保険株式会社、大宮市農業協同組合(ただし、明浩会が直接同組合から融資を受けることはできなかつたので組合員である被告の弟夫婦井原忠明、井原敏枝が連帯して債務者となつた。)に対し、別紙債権、抵当権目標記載のように同目録一ないし三の各1記載の債務について本件不動産を担保として提供していたほか、被告及び同人の親族である門脇淳、斎藤帝三郎、黒田広行、黒田富一、井原勇一郎は、右各債務について連帯保証をしていた。

又被告は、右各債権者に対する明浩会の債務について連帯保証をしていたほか、明浩会が取引銀行から融資を受けるために振り出した手形に保証のための裏書をしていたし、明浩会が第三者に対して負担する一切の債務について責任を負う旨原告及びその兄梅津清に約束し、その旨の念書を差し出していた。

3  明浩会は、被告が理事長であつた昭和五一、二年当時、足利銀行を主取引銀行として同銀行から西大宮病院の運営資金の融資を受けていたのであるが、同銀行に対しては前示のとおり別紙物件目録一記載の幸作所有の不動産について、極度額二億円、順位第一番の根抵当権が設定され(別紙債権、抵当権目録一)しかも明浩会が同銀行から資金の借り入れを受ける場合には、借受金債務につき原、被告及び幸作らがすべて連帯保証する旨の約定が右銀行との間に存在したのにかかわらず、前示のように昭和五一年一一月ごろから原・被告間に確執が生じるようになつたため、原告は、右銀行からの短期資金の借入れについても連帯保証をする(手形の書替えの際には裏書をする。)ことを拒否するようになつた。その結果、理事長の地位にあつた被告は、昭和五一年年末の西大宮病院の従業員に対する賞与支給等に要する資金繰りにも窮するようになつた。

4  そこで被告は明浩会を退社することを決意して善後策を考えたうえ、昭和五三年三月九日原告に対し、文書をもつて、原告が、まず①幸作所有の本件不動産に明浩会の債務につき設定してある本件抵当権設定契約を解除し、その設定登記の抹消登記手続をするとともに、被告の親族らの前記連帯債務及び連帯保証債務につき、免責的債務引受をするか、代位弁済をすることによつて同人らを免責し、しかる後、②明浩会の第三者に対する債務についての被告の連帯保証債務及び明浩会の被告に対する借受金(ただし、その額が一九〇〇万円に確定されたものであつたか否か必ずしも明らかではない。)債務については、資力のある原告の兄梅津清が明浩会の一切の債務につき連帯保証をすることを条件に右同日からそれぞれ一年六か月以内に免責、弁済するということで、被告及び幸作名義の出資持分二口を金六〇〇万円(ただし、同金員支払の履行期は右同日から三か月以内であつた)で原告に譲渡する旨の意思表示をした。

5  被告の右意思表示に対して、原告は即日本件抵当権設定登記の抹消登記については二年あるいは四、五年間程度猶予するよう、第四の条件については梅津清から承諾を得られないので、条件から除外するようそれぞれ要求した。そのため、被告は同年三月一五日原告に対し、被告及び幸作名義の出資持分を原告に譲渡するための条件は、同月九日原告に申し入れた内容を変更するつもりはない旨通告した後、同年四月九日ごろ、原告が被告の示した条件を承諾しないことを理由に三月九日の原告に対する意思表示を撤回する旨同人に通知した。

以上の峯実が認められ、これに反する原・被告本人の各供述は暖昧な点が多くたやすく措信できず他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右前示一の事実認定1ないし3の事実に照らすと、被告の提示した前記4の各条件のうち、本件抵当権設定登記の抹消登記手続及びその履行にともなつて免責されることが当然予定されている井原忠明らの連帯債務及び被告の分を除く幸作らの前記各連帯保証債務に関する条件については被告が意思表示をなした三月九日以降できるだけ速やかに履行すべき趣旨であつたことが認められ、第四の条件については、被告が社員の地位を喪失するまでの間明浩会の第三者に対する債務に関し被告の責任が現実化することを考慮し、かつ明浩会の被告に対する債務の履行を確保するために付加されたものと推認される。従つて、被告は第四の条件を遅滞なく履行すべき旨求めるものであつて、右条件も被告にとつては出資持分譲渡の不可欠の前提であつて、しかもそのことは前記4の文書に明らかにしているのであるから、右意思表示の重要な要素であつたものというべきである。

そうすると、被告の原告に対する条件付の出資持分譲渡の意思表示(申込)を原告がそのまま承諾せず、その一部を変更して承諾したことになるから、民法五二八条により申込の拒絶と新な申込をなしたものとみなされ、被告がこれを承諾していない以上、原、被告間には、被告及び幸作名義の出資持分譲渡についての合意が成立しなかつたものといわなければならない。

四よつて、原告の本訴請求は、その余の点に触れるまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高山晨 野田武明 友田和昭)

物権目録、債権・抵当権目録〈省略〉

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